Live!オーロラ

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☆メッセージ☆

〜 オーロラは誰のものでもない。みんなのものなんだ。だから多くの人に接してもらいたい 〜

オーロラ中継 Live!オーロラ 主宰:遊造より

15年前、故郷の本屋さんで突然目に飛び込んできた一つの写真集があります。 オーロラ まだ大学生になったばかりで、国内を中心にテントを背負って自転車旅行やヒッチハイク、登山に明け暮れていました。そんな頃、この本が目に入った瞬間、体に電気が走りました。「オーロラを見にいけば何かが変わるかもしれない」。
次の年、忘れもしない僕の人生を変えた瞬間が訪れます。アラスカの宿に到着しそのまま夜空を見上げると、そこには空を覆いつくす光の束が激しく動き回っていました。オーロラブレイクアップ(オーロラ爆発)です。1993年の春でした。

その後、大学院入試にがむしゃらな勉強で合格し(大学院入試前は一浪・一留+成績ほぼ最下位)、インターネット時代の幕開けと共にLive!オーロラシステムの基礎となる知識や技術を学びます。今の自分を支える根性や継続する力を養ったのはこの頃であり、 オーロラ研究の世界的な権威である「アラスカ大学フェアバンクス校」にはオーロラ研究界の神様「赤祖父俊一先生」が研究を続けられていることを知り、いつか赤祖父先生とお会いし共に仕事がしたいと願い始めたのもこの頃です。

その後メーカー系ソフト会社に入社しプロの技術者としての知識や経験を学び、29歳の夏にフリーランス「遊造」として独立。 自分の夢や目標を諦めたくない、失敗しても誰のせいでもなく自分の責任で自分の人生を貫いてみたい。そんな理由を上司や同期の仲間達に伝え、まだ誰も足を踏み入れたことのない分野への挑戦が始まりました。(2000年夏) 今でもその頃の僕を鍛えてくれた上司の遠藤さん、稲永さん、目をかけていただいた人材開発室の方々には尊敬と共に深い感謝をしています。

たった独りのゼロからの営業回り・経験を猛烈に重ねつつ、2001年、Live!オーロラの基礎作り・時間をかけたマーケット構築や様々なテストの場としての目的で開設した「オーロラが空に浮かぶ世界」の執筆・運営を開始。営業では今でも目をかけていただいている方との出会いやオーロラが空に浮かぶ世界のYahoo!Japanクールサイト認定や@niftyホームページグランプリ最終ノミネートなどいくつかの結果を残すものの、この後3年間は不景気も重なり、多くの失敗や別れ、裏切り、社会からの孤立、激しい生活苦など、これまでの人生で一番のどん底を経験します。

しかしそんな時に、今でも「やっておいて良かった、貫いて良かった」と思えることがいくつかあります。
「自分の目標と信念だけは変えない」
「孤立している今はある意味暇なんだ。今こそ自分の経験だけに集中できるじゃないか」
「とにかく反省しよう。失敗したのは自分に何か足りないところ、悪いところがあるからだ」

マラソンついでの早朝の神社参りが日課の日々が続く中、2003年にオーロラが空に浮かぶ世界の掲示板で運命的な出会いが訪れます。その後「オーロラライブ」の開発を任していただくことになる村山さん、久保田さん、坂野井さん達NICT・アラスカプロジェクトの人たちです。「こんなマニアックなことを続ける人はどんな人なのだろう」そんなシンプルな興味を持ったからだと、後日、みなさん多忙な中、無理を言ってお願いした「オーロラのしくみ」の講義を受けにいったときに伝えられました。 (受講後作ったサイト「オーロラのしくみ」)

オーロラ研究の最先端で活躍される人たちとの出会いは僕にとっては大きなチャンスに思えました。「自分の力や信念を結果で伝えてみよう」と、THE SALMON NEWSの執筆、オーロラライブの開発に精力を注ぎ始めます。THE SALMON NEWSの執筆では、今の僕の「科学技術コミュニケーター」としての基礎となる経験をすることができました。執筆中は久保田さんや坂野井さんといった研究で多忙な学者さんの隣に空いている机を借りて、連日夜遅くまで勉強や質問にあけくれたことは今でも忘れません。
2004年に開設した「オーロラライブ」は、既存のライブ中継コンテンツの概念にとらわれない新たな手法を考えてみようと頭を捻り続けました。そんなときに今でも僕のブレインになってくれている福田さんとの出会いもあります。また、Live!オーロラの貴重な技術スタッフであるKuniさんとの出会いもこの頃でした。

2005年、自分の大きな夢へ具体的なチャレンジを始めます。プロジェクトは継続しなければいけない。公的機関の力を借りずに自分でやるためにはビジネス面を強化しなければいけないと確信し、1年間定期的にビジネスセミナーの受講を始めました。ビジネスセミナーの受講は、僕の夢をただの夢から目的に変えてくれるだけの大きな経験となりました。
それでもLive!オーロラのような大きなプロジェクトを自分一人で作り上げ、続けていくだけの自信が持てずにKuniさんをはじめ、多くの人に相談を持ちかけては弱気になる日々が続きます。ただ一方では、Live!オーロラを実現するための技術的な探求や設計を開始し、協力団体や企業に説明するためのプレゼン資料の作成も始めました。技術的には調査・試作開発を重ねるほどに難しいことがわかり、かつ、肝心の中継基地をどこにどのように設置するかや、中継基地から日本への中継回線をどうするかなど問題は山積みでした。
しかし2005年1月、Kuniさんと訪れたあるメーカーへのプレゼン営業の日から大きな変化が訪れます。

「やりたい。やろうと思う」という事から「やらなければいけない」という大きな責任がずっしりと僕の肩を覆い始めました。

それからは怒涛の日々でした。学生時代からの大切な後輩であるKimiへ国際交渉のためにスタッフとして勧誘を開始。メーカーとの交渉や契約。商社やアメリカの団体や企業との交渉と契約。Live!オーロラ基幹部の設計と開発。資金調達。初めてのメディア戦略。既に決まってしまった一般公開の日に向かって半年しかない。僕の人生で史上最大のギャンブルが始まりました。

この半年間は、解決しないいくつもの大きな問題に焦りながら眠れない日々を過ごしましたが、経験からある発見がありました。

「神様はいるのかもしれない」

神様は扉を開けてくれることもあれば、落とし穴を目の前に掘ることもある。ただ、ガムシャラに進んでいると神様も本気で相手をしてくれるのかな。。
いくつもの神がかり的な出来事がありつつ、僕が巻き込んだ多くの関係者みなさんの努力が実り、2006年11月1日にLive!オーロラ フェーズ1「Live!オーロラ for PC」がスタートしました。

あれから一年余りの間は、準備期間より大変なトラブルや経験を重ねることになりましたが、今こうして手元に常に届く美しい中継映像を見ていると、地道に、ひたすら自分を信じて走り続けていることに誇りを持つと共に、僕を信じてついてきてくれる多くの人達にはLive!オーロラを通して必ず幸せを届けたいと心から、熱く思います。
どうか子供達や若い人達には目標を持ち続けてもらいたいです。そうすることが周囲の人に夢や幸せをもたらすことができ、自分も幸せになれるのだと信じています。

今の僕の目標は「全球オーロラ観測構想」と「オーロラ生中継アトラクション」のプロデュースです。Live!オーロラのイベントはこれからの僕たちの夢がいっぱいつまっています。

ゆうぞう (Live!オーロラ 主宰)

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